堀江謙一さんとべっぴんさんとの関係についての記事です。と言ってもそもそも堀江謙一なんて人、べっぴんさんにいたっけ?と思った人はかなり多いですよね。そこで今回は堀江謙一なる人物とべっぴんさんとの関係について確認してみました。

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べっぴんさんでの堀江謙一のエピソードとは?喜代の人生に影響!?


実はべっぴんさんでは堀江謙一という人物が直接登場していたわけではありません。実際にはドラマ上でのニュースでその名前が出たという程度なんですよね。しかし、べっぴんさんの「堀江謙一」は名前だけの登場人物なのに2人(正確には3人)の人生を大きく動かすことになります。

まず一人目は良子と鉄二の息子の龍一です。この時の龍一は大学生であり、当時ピークとなっていた学生運動に参加しつつもキアリスでアルバイトをするという毎日を送っていました。そんな龍一が強く共感したのがまさに堀江謙一という人物でした。龍一は堀江のニュースを聞くと世界中を旅して回ることを強く夢見ることとなったのです。

そして、もう一人の人物が忠さんこと、坂東家の元執事の忠一郎です。先週19週「希望」で長年付き添っていた五十八が亡くなり、人生にポッカリと穴が空いた状態の忠一郎もまた龍一と同様に堀江謙一のニュースを聞き、同じく冒険旅行に出ることを考えます。

また、忠一郎にはもう一つやり遂げたいことがありました。それは長年想いを寄せていた同じく坂東家で女中頭として働いていた喜代と人生の残りを過ごすことです。そして、忠一郎は喜代と2人で旅に出ることとなったのです。

流行り物にはとことん敏感な龍一のことですから、そのうち何か大きなことをやらかしそうな気はしていましたが、一見すると非常に堅実そうな忠一郎と喜代が大胆な決断をしたのは意外ですよね。それだけ「堀江謙一」という人物の影響はかなり大きかったことは間違いありませんよね。

堀江謙一はべっぴんさんだけの人物ではない!?どんな人だった?


そんな名前だけでべっぴんさんの物語に大きな影響を及ぼした堀江謙一なる人物ですが、何と実在する人物なんですよね。

実は堀江謙一さんは海洋冒険家(ソロセーラー・ヨットマン)という肩書を持っています。そんな堀江さんを有名足らしめたニュースが1962年のる西宮-サンフランシスコ間の太平洋単独横断航海の成功です。5/12に日本を出発してから8/12にアメリカに到着しました。

このときに堀江謙一さんが乗っていたのが何と小型ヨットの「マーメイド号」です。これだけでも一見すると「無謀」な船旅にも感じるのですが、実はこれだけではありません。

太平洋横断のときの持ち物は水20リットル、米40kg、缶詰200個だけでした。これは一見すると十分な量にも見えますが、かなり厳しい量なんです。

実は西宮とサンフランシスコの間の距離は11,000kmほどとも言われています。さらにいえば日本とアメリカの間は太平洋がひたすら広がっていますので、この間の補給もほぼ不可能な状況です。

ということを考えると水も食料もこの量では到底足りないんですよね。実際のところ水は早くも底を尽き、その後は甲板に降った雨水を集めそれで何とか凌ぐという、かなりギリギリの状態だったようですね。

しかも、堀江謙一さんを有名にしたのはこれだけではありません。実は太平洋横断達成当初は単独横断航海に対する賞賛の声よりも「密出国」に対する非難の声のほうが多い状況でした。当時の日本はヨットでの出国は認められていなかったために堀江謙一さんは犯罪者扱いされていたつらい時期もあったのです。

しかし当時のサンフランシスコの市長はそんな堀江さんを名誉市民としてサンフランシスコ市に迎え入れました。その時のサンフランシスコ市長の言葉がかなりの名言なんですよね。それがこちらです。

コロンブスもパスポートは省略した

このことがきっかけで堀江謙一さんは犯罪者扱いから一転、時のヒーローへと変わります。

実はこの時の3ヶ月間の航海の詳細については「太平洋ひとりぼっち」にまとめられています。翌年の1963年には映画化されました。その映画の監督は市川崑さん、主演が何と往年の大スター、石原裕次郎さんです。堀江謙一さんの太平洋横断の反響の大きさはかなりのものだったということですよね。

ちなみに「べっぴんさん」で龍一や忠一郎が冒険旅行を決心したのが昭和37年の話です。西暦で換算すれば1962年とまさにこの堀江謙一さんの単独横断航海とドンピシャなタイミングなんですよね。べっぴんさんで堀江さんのニュースが流れたのはまさにサンフランシスコの名誉市民となった瞬間ということになるのでしょうか。
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堀江謙一の冒険の経歴が凄すぎる!?


堀江謙一さんは1962年の太平洋横断後からも以下のような冒険旅行を達成しています。まさに海洋冒険家(ソロセーラー・ヨットマン)という名前は伊達じゃないということでしょうかね。

  • 1964年:友人ら3名と自転車でアメリカ一周(走行距離約2万km)
  • 1974年:単独無寄港で世界一周
  • 1982年:縦回りで世界一周
  • 1985年:ソーラーパワーボートでハワイ~父島間航海
  • 1989年:世界最小(全長2.8m)のヨット「ミニマーメイド号」で太平洋横断(西宮~サンフランシスコ間)
  • 1992年:足漕ぎボートでハワイ~沖縄間航海
  • 1996年:アルミ缶リサイクルのソーラーパワーボートでエクアドル~東京間を単独無寄港太平洋横断
  • 1999年:生ビール樽を利用したリサイクルヨットでサンフランシスコ~明石海峡大橋間横断
  • 2002年:再び西宮~サンフランシスコ間横断
  • 2004年:再び単独無寄港で世界一周
  • 2008年:波浪推進船「SUNTORYマーメイドII号」で紀伊水道~ハワイ間を横断

…よく見ると、「足漕ぎボート」とか「アルミ缶リサイクル」とかただのヨットではないのに結果を出しているというのが逆にすごいですよね。そんな堀江謙一さんですが実は2017年2月現在ではまだご存命です。

堀江さんは以前、「100歳まで海洋冒険を続けたいと思っている」と話したことがあります。ひょっとすると近々堀江謙一さんの冒険旅行がニュースで流れることがあるかもしれませんね。

以上、堀江謙一さんとべっぴんさんとの関係についてでした。